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ロックのろ

音楽バカが適当に綴る雑感ブログ。

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脳が損傷したり、疲労して、人格が変わったりした場合、その人の魂について親しい人はどうやってかんがえるのだろうか。
ぽっくり逝ってしまった場合、「人は亡くなった時に21g軽くなる。つまりそれが魂の重さだ」といわれれば、何となく神秘的で、そうなのかもしれないと思わせられる。だが、脳梗塞、脳血栓、クモ膜下出血などによる意識障害が残った場合、原因は明らかに「脳」にある。認知症の場合、更に分かり難くなる。

人間の細胞は、次から次に新しい細胞が生まれて更新されて行く。髪の毛や爪が分かりやすい。擦り傷なんかすると、もっと分かりやすい。新しい細胞が生まれて肉体が更新されるから、怪我は治るし、髪も爪も伸びる。
だが、脳細胞だけは更新されない。脳細胞が次から次に新しく生まれて更新していては、絶えず生まれたままの脳であるため、記憶が残らなくなってしまう。

魂や心、精神、気持ちなんて、身近な人の脳に障害がでてくると、信じられなくなる。
だって、何十年も変わらなかった人格が、記憶が、突然変わるのだ。

「本当の人格」
を傷ついて治らない脳細胞の中から探し出すのか。

「今の人格」
を認めて、障害を持った魂や心、精神を受け止められるのか。

ぼくはどちらも選択したくない。だからもともと魂なんてないのだと思う。
もともと自我なんてないのだ。でもそう考えると、無気力になる。

どんな心の状態で過ごそうとも、時間は勝手に過ぎて行く。「そのうち時間が解決してくれるさ」と思うのは――いつか自分も死んで、魂があるのかどうなのか分かるのかもしれないし、分からないのかもしれない――死なないと分からない、ということだけが分かっているからだろう。

絶対に分からないことを考えて無駄な時間を過ごすくらいなら、せいぜい生きている間は幸せ求めて頑張るしかないんだろう。だけど空虚な感じがたまらなくむなしい。

▼Daft Punk - Around the world

http://www.youtube.com/watch?v=FMpsnDxNbqQ


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